彼がモードの天才としてデビューしたのは、1947年。
すでに神が透けるほど薄く、小太りの42歳の中年男になっていた。
写真家のセシル・ビートンは、世界を席巻したニュールックの作者が「ピンクの砂糖菓子でできた温和な田舎牧師のように見えた」と、以外そうに語った。
しかも神はディオールにたった10年という活動期間しか与えなかった。
1957年の秋。旅先のイタリアで心臓発作の為、帰らぬ人なった。
ディオールの没後200年といえば、22世紀の話だから、モードそのものが語られているかどうか定かではない。
サイクルを100年短縮して2057年としてみても、パリ・モードというものが、生きながらえているか、もしいるとすればディオールの名は永久に不滅だろう。
1947年にニュールックを発表して、一躍世界のファッションリーダーとなったディオールが、そのあとHライン、Aライン、チューリップラインなどを次々と発表した。
わずなか活動期間ではあったが、彼がファッション業界に残したかたちは今でもかたり告がれている。